今年の3月で、脊髄損傷になって14年が経ちました。
もうベテランと言っていいのかもしれません。
人それぞれではありますが、人間は良くも悪くも、そのうち慣れていくものだなと実感しています。
もちろん、最初からそう思えたわけではありません。
怪我をして、入院生活が始まり、どこかのタイミングで「脊髄を損傷しているため、今後歩くことは
難しい」といった話を、医師や家族から聞くことになる人もいると思います。
そのときに落ち込んだり、絶望したりするのは当然です。
中には、早い段階で障害を受け止めて前向きに進める人もいます。実際、入院中にも
そういう人はいました。
ただ、早いか遅いかは人それぞれです。
そこは比べなくていいと思います。
僕自身も、すぐに受け止められたわけではありません。焦りもありましたし、イライラもありました。
今思えば、わからないことが多すぎて、どう考えればいいのかもわからなかったのだと思います。
できなくなったことばかりを考えすぎない
受傷直後は、どうしても「できなくなったこと」に目が向きます。
歩けない。
走れない。
今までのように仕事ができない。
トイレも自由にできない。
人の手を借りないといけないことが増える。
考え出すと、きりがありません。
ただ、14年経った今思うのは、できなくなったことだけを見続けると、生活そのものが前に
進みにくくなるということです。
もちろん、考えないようにしようと思っても、簡単にはできません。
それでも、この身体でもできること、できそうなこと、今は無理でもいつかやってみたいことを見つけていくのは大事だと思います。
僕も入院中、いろいろな情報を知る中で少し気持ちが変わった瞬間がありました。
車って運転できるんだ。
それなら、また遊びに行けるかもしれない。
車椅子でも仕事をしている人がいるんだ。
それなら、自分にも何かできるかもしれない。
そんなことを知ったとき、少しだけ生活の先が見えた気がしました。
今考えると、障害のある方に対して、自分がいかに無知だったかを感じます。
恥ずかしい気持ちもあります。
でも、知らなかったからこそ、知ることで世界が広がっていったのも事実です。
今は当時よりSNSも発展していますし、車椅子ユーザーの発信もかなり増えています。YouTubeやブログ、Instagramなどで、実際に生活している人の情報を見られる時代です。
自分に合いそうな情報や、「これなら少し楽しそう」と思えるものを見つけるだけでも、気持ちが変わる
ことがあります。
無理にポジティブになる必要はありません。
ただ、自分の生活に使えそうなヒントを集めていくことは、後々かなり助けになります。
転院したばかりの頃の焦り
受傷からしばらくして、僕は地元の病院から愛知県にある中部ろうさい病院へ転院しました。
地元の病院ではできるリハビリにも限りがあったため、主治医から転院を勧めてもらいました。
ろうさい病院なら、脊髄損傷や頚髄損傷の人たちも多く、施設も充実している。社会復帰を目指すなら
そこでしっかりリハビリをしたほうがいい。
そう言われて、そこから中部ろうさい病院のことを調べ始めました。
特にありがたかったのは、その病院でリハビリを終えて退院した方や、当時入院していた方の
ブログです。
かなり読み漁りました。
今のように情報が多くなかった時期だったので、実際に入院している人や退院した人の体験談は本当に
貴重でした。
その頃の僕は、まだどこかで「ここなら歩けるようになるかもしれない」という
淡い期待も持っていました。
ただ、それ以上に強かったのは、早くトイレのことを自分でできるようになりたいという気持ちです。
同じように感じる人は多いのではないでしょうか。
特に排便の失敗は、かなり気持ちが落ちます。
これは今でも、たまにやらかすことがあります。昔に比べればかなり減りましたが、完全にゼロでは
ありません。
そういう日は、無理に気持ちを立て直そうとせず、さっさと寝るようにしています。
落ち込むものは落ち込みます。
ただ、そこで自分を責め続けても、あまり良い方向にはいきません。
膀胱直腸障害については、僕なりの向き合い方や工夫もあるので、今後書いていきたいと思っています。
コルセットとリハビリの現実
僕の損傷部位はL1です。
比較的下の方なので、体幹は完全ではないものの、ほぼ残っている状態だと言われていました。
ただ、脊椎の脱臼と骨折がかなり派手だったようで、長いコルセットを作ってもらうことになりました。
仕方のないことですが、このコルセットが本当に長かったです。
リハビリもしにくいですし、外れるまでは無理な動きもできません。
転院後の検査でも「あと1か月は外さないでください」と言われ、かなり焦ったのを覚えています。
当時も、入院できる期間にはある程度の制限がありました。
今もいろいろな事情や制度上の制限があるのかもしれませんが、少なくとも当時の僕は
「この限られた時間で、どこまでできるようになればいいのか」とかなり焦っていました。
リハビリの目標の一つに、床トランスファーがありました。
床トラと呼ばれることもあります。
床に座った状態から車椅子へ移乗する動きで、車椅子生活ではかなり重要なスキルの一つです。
「これができるようにならないと、いざというときに困るから」とよく言われました。
ただ、コルセットの関係でできることが限られている中、「残りの入院期間ではなかなか厳しいかも
しれない」と言われたこともありました。
正直、かなりイライラしていました。
とはいえ、イライラしたところで状況が変わるわけではありません。
そこで僕がよくしていたのは、他の方のリハビリを観察することでした。
もちろん、邪魔にならない範囲です。どうやって身体を動かしているのか、どこに手をついているのか、どのタイミングで体重を移しているのか。そういうことをよく見ていました。
そこから仲良くなった方には、ありがたいことにたくさん話を聞かせてもらいました。
自分ではまだできなくても、できている人の動きを見て、頭の中でイメージする。
今思えば、これはとても意味があったと思います。
YouTubeなどにも移乗や車椅子生活の動画はあります。もちろん、身体の状態は人によって違うので、
無理に真似するのは危険です。
ただ、理学療法士さんや作業療法士さんの指導を受けながら、自分ができる姿をイメージすることは、
リハビリにもプラスになると感じています。
僕自身、実際にイメージしていた動きが、後から少しずつ身体の使い方につながっていった感覚が
あります。
できることをコツコツ続ける
脊髄損傷といっても、損傷部位も残っている機能も生活環境も、人によってまったく違います。
だから、一概に「こうすればいい」とは言えません。
ただ、自分にできることをコツコツ続けることは、かなり大事だと思っています。
入院中は、毎日の変化がわかりにくいです。
昨日と今日で劇的にできることが増えるわけではありません。
それでも、身体の使い方を覚えたり、車椅子の扱いに慣れたり、自分の体調の癖がわかってきたり
します。
その積み重ねが、退院後の生活に効いてきます。
僕の場合も、受傷直後に想像していた生活と、今の生活はかなり違います。
車を運転する。仕事をする。家族と出かける。家で植物を育てる。ブログを書く。
当時の自分が聞いたら、たぶんすぐには信じられなかったと思います。
もちろん、何でも自由にできるわけではありません。できないこともありますし、痛みもあります。体調に左右される日もありますし、トイレの不安もあります。
それでも、生活は積み重ねの中で形を変えていけます。
そのためには、いきなり大きなことを目指すより、今できることを一つずつ増やしていくほうが現実的です。
しんどい日は、早く休んでいい
もう一つ、当時の自分に言いたいことがあります。
しんどい日は、早く休んでいい。
これは今でも大事にしています。
車椅子生活は、見た目以上に体力を使います。
移乗、着替え、トイレ、入浴、外出準備。健常者だった頃には意識していなかったことにも、
時間と体力を使います。
さらに、痛みやしびれ、排泄の不安、体調管理や体温調整の難しさなどもあります。
だから、疲れるのは当然です。
「今日はもう無理だ」と思う日があっても、それはサボりではないと思います。
心身を壊さず続けるためのメンテナンスです。
気分が落ちているときに、無理に前向きになろうとしても難しいです。
そういう日は、できるだけ早く寝て、予定を減らし、人と比べず、最低限のことだけやる。
それでいいと思っています。
長く続けるには、頑張ることよりも、崩れすぎない工夫のほうが大事です。
褥瘡だけは、当時の自分にどうしても伝えたい
最後に、これは強く書いておきたいです。
褥瘡には本当に気をつけたい。
ほんの少しできかけただけでも、完治するまでかなり大変です。
場合によっては、絶対安静が必要になったり、長期入院につながったりすることもあります。
退院してから褥瘡ができてしまうことも少なくありません。
せっかくリハビリを頑張って社会復帰したのに、また長期間の入院が必要になることもあります。
最悪の事態もありえます。
僕自身、今でも褥瘡予防はかなり意識しています。
こまめなプッシュアップ。お尻、踵、くるぶしなど、できやすい場所のチェック。
長時間同じ姿勢を続けないこと。違和感があれば早めに確認すること。
正直、毎日意識するのは面倒です。
でも、褥瘡ができてしまった後の大変さを考えると、予防を習慣にするしかないと思っています。
これは本当に、ゼロのまま過ごしたい部分です。
もちろん、身体の状態や必要なケアは人によって違います。医師や看護師、療法士さんに確認しながら、自分に合った予防方法を身につけていくことが大切だと思います。
今の自分から、当時の自分へ
脊髄損傷になった直後は、先のことが見えませんでした。
歩けないと言われても、生活のイメージが湧かない。退院後のこともわからない。仕事のことも、
家のことも、トイレのことも、不安ばかりでした。
でも14年経った今思うのは、生活は積み重ねの中でやり直しがきくということです。
すぐに受け止められなくてもいい。人より前向きになるのが遅くてもいい。落ち込む日があってもいい。
それでも、自分にできることを一つずつ増やしていけば、生活の形は変わっていきます。
僕の場合、今では園芸もその一つになりました。
受傷直後の自分には、車椅子で植物を育てたり、ブログを書いたりしている未来は想像できなかったと
思います。
でも、実際にはそういう暮らしになっています。
最初から大きく変わる必要はありません。
できること。できそうなこと。今は無理でも、いつかやってみたいこと。
そういうものを見つけていく。
そして、しんどい日は休む。
その繰り返しでいいと思っています。
脊損生活は簡単ではありません。
それでも、焦らずいきましょう。
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